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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)1554号 判決

主文

一  一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

二  一審被告らの控訴に基づき、原判決中、一審被告らの敗訴部分を取り消す。

三  一審原告らの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、一審原告らの負担とする。

理由

第一  甲野及び一審原告乙山における詐欺容疑の成否

一審原告らの一審被告らに対する本訴損害賠償請求の原因である不法行為というのは、要するに、原判決別紙一記載の事実を被疑事実とする甲野及び一審原告乙山の詐欺並びに一審原告ら及び甲野の宅建業法違反の各容疑は、いずれも無実であることが明白であつたのに、一審被告京都府警察所属警察官は、偏つた判断により一審原告乙山に対する逮捕状を請求したため、これに基づく違法な逮捕、勾留がなされ、さらに同警察官は右違法逮捕、勾留中、偏つた判断による取調べをなしたうえ、一審被告京都新聞社に対し右被疑事実についての捜査の事実を知らせ、一審被告京都新聞社は、一審原告側の取材をすることなく右事実を新聞記事として掲載したものであり、その結果、一審被告らの右一連の行為により、一審原告らは財産的、精神的損害を被つたものであるというのであるから、まず、別紙一記載の詐欺容疑が果たして無実であつたか、即ち右詐欺容疑の成否について判断する。

一  甲野らと永井との間の本件賃貸借契約における合意内容等

右詐欺容疑における甲野及び一審原告乙山の欺罔行為というのは、要するに、甲野ら及び一審原告乙山は、甲野らと永井との間の前記の本件賃貸借契約には、賃貸人の書面による承諾なしに賃借権の譲渡または転貸をすることはできない旨の条件が付されていたのに、甲野らに本件家屋部分の貸借を申し入れてきた上出、西口、東本に対し、右条件の存在を秘し、雇用契約を装つた前記の「本件契約書(甲第二号証の「追加契約書」に添付されたもの)」を用いて契約することを求めながら、「本件契約書」は形式的なもので、実際は店舗の賃貸借契約であり、権利譲渡は自由にできる旨虚偽の事実を申し向けたというものであるから、まず、本件賃貸借契約における甲野らと永井との間の合意内容がどのようなものであつたかについて判断するに、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  甲野らと永井との間の本件賃貸借契約締結に至る経緯

(一) 一審原告会社は、京都府知事から宅建業者の免許を受け、不動産の売買・賃貸借の媒介等を業としている会社であり、その代表者は一審原告乙山の妻春子で、同一審原告は、同会社の従業員としての地位にあつたが、事実上は、中心的な業務担当者としてその営業に従事していたものである(一審被告京都府との間では争いがない)。

(二) 一審原告会社は、以前に永井の父から本件家屋二階部分の賃貸の媒介を委任されたことがあつたところ、昭和五八年初めころ、永井から、礼金七〇万円、敷金二四万円、賃料月額八万円、内部の改装可、但し、改装費は賃借人負担との条件で本件家屋部分の賃貸の媒介を委任された(一審原告乙山が、昭和五八年初めころ、永井から本件家屋部分の賃貸の媒介を委任されたことは、一審被告京都府との間では争いがない)。一審原告乙山において賃借人を探したが、本件家屋部分が従前は倉庫であつて、店舗等に改装するには相当の費用を要するため、容易には賃借人が見つからなかつた。

(三) 一審原告乙山が、以前にアパート賃貸の媒介の委任を受けたことのある甲野に本件家屋部分を紹介したところ、同人は、内部をいくつかに区画し、人を雇つて飲食店営業をすることを永井が承諾するのであれば賃借するとの意向であつた。一審原告乙山において、その旨永井に連絡したところ、永井はこれを了承した〔本件被疑事件にかかる永井の検察官に対する供述調書(乙第一七〇号証)中、右のような連絡は全くなかつた旨の供述部分は、前記、後記認定の前後の事実関係に照らし不合理であつて信用できない〕ので、永井と甲野との間に本件賃貸借契約が締結されることとなつた。

(四) 一審原告乙山は、本人尋問(原審第一回)において、永井が右甲野の申し出を了承した際、転貸でもかまわない旨述べたと供述するが、もし、永井が事実、転貸でもかまわない旨述べたのであれば、一般に営業用店舗の賃借権の譲渡、転貸を承認する場合、名義変更料、承認料等名目は何であれ、譲渡、転貸の承認に際し相当額の対価を徴するのが通例である(現に、後記認定のとおり、甲野は、上出、西口、東本らに本件家屋部分の各区画を転貸するに際し、同人らがさらにこれを転貸する場合には、一区画につき五〇ないし六〇万円の「承認料」を支払うべき旨の約定を定めている)から、永井から賃貸借の媒介の委任を受けた宅建業者である一審原告会社の従業員として、一審原告乙山は、当然、永井から譲渡、転貸承認の対価希望額を聞いたうえ、これにつき甲野との間に交渉をしている筈であると考えられるところ、一審原告乙山自身、前記本人尋問において、そのような行為に出た旨の供述を何らしておらず、その他本件全証拠によつても右事実はこれを認めることができないことに照らすと、右供述は全く信用することができず、他に永井が右甲野の申し出を了承した際に転貸でもかまわない旨述べたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

2  本件賃貸借契約締結時における甲野らと永井との間の合意内容

(一) 昭和五八年二月二二日、本件家屋西側の永井宅において、永井、甲野、一審原告乙山立会のもとに、一審原告乙山の用意した一般条項の印刷された「建物賃貸借契約証書(甲第一号証)」を用い、一審原告乙山において、本件家屋部分の表示、前記の賃料月額八万円、敷金二四万円等の個別的事項並びに内装、改造等についての貸主の承認及び借主の内装、改造等の費用負担、内装等の買取請求権の放棄などの特約条項を、永井、甲野に確認して記入したうえ、貸主及び借主の各欄に永井、甲野の署名を代書し、永井、甲野において、それぞれ自己の名下ほか必要個所に押印することにより、右両名間に右建物賃貸借契約証書記載の内容の本件家屋部分についての本件賃貸借契約が成立した。

なお、右建物賃貸借契約証書作成の際、甲野が、共同賃借人として友人である石田を加えるよう申し出て、永井が了承したので、一審原告乙山において借主欄に石田の署名も同様に代書したが、石田を右共同賃借人に加えたのは、甲野が石田に無断でしたことであつて、石田がこれを甲野から聞いて事後承諾をしたのは、同年四月初めころになつてからであつた。

(二) 右建物賃貸借契約証書の第八条には、不動文字で、「賃借人は賃貸人に書面上の承諾なくして左の行為をすることができない」と、これに続けて「一、家屋の変造、改作、造作の模様替、加工等をすること 一、賃借権の譲渡または物件転貸、間貸等をすること」と、それぞれ印刷されており、右の「家屋の変造、改作、造作の模様替、加工等」については、前記のとおり特約条項にこれを承認する旨の記載がなされているが、右の「賃借権の譲渡または物件転貸、間貸等」については、右印刷部分は消除されておらず、また、特約条項欄にも、これを承認する旨の何らの記載もない。

一審原告乙山は、本件被疑事件にかかる供述調書(乙第九九、第一〇〇号証)、別件(前記仮処分異議訴訟)の証人尋問調書(乙第四六号証)、本人尋問(原審第一回・当審)において、右建物賃貸借契約証書作成に際し、甲野が各区画ごとに人を雇つて飲食店営業をする旨説明した際にも、永井から転貸でもかまわないと言われた旨供述するが、もし、永井が真実、転貸を許すと言つたのであれば、永井から賃貸借の媒介の委任を受けた宅建業者である一審原告会社の従業員として右建物賃貸借契約証書作成にあたつていた一審原告乙山としては、まず、第一に右契約証書第八条の右転貸禁止条項を消除するか、特約条項に転貸を許す旨の条項を記載した筈であるところ、右認定のとおり、そのいずれの措置も執られていないこと、また、もし、永井が真実、転貸を許すと言つたのであれば、右のような立場にあつた一審原告乙山としては、名義変更料、承認料等名目は何であれ、譲渡、転貸承認の対価額につき、永井からその意向を聞き、甲野との間にその調整を図り、その合意を得たうえ、譲渡、転貸承認の条件として特約条項にこれを記載している筈であつたと考えられるところ、一審原告乙山自身、前記供述調書等において、そのような行為に出たとの供述を何らしておらず、その他本件全証拠によつても右事実はこれを認めることができないことに照らすと、一審原告乙山の前記供述はたやすく信用することができず、他に永井が転貸でもかまわない旨述べたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 前記認定のとおり、本件賃貸借契約に先立ち、甲野において本件家屋部分は人を雇つて飲食店営業をすることにつき、永井の了解が得られていたものであるところ、本件賃貸借契約締結の際、甲野は、永井及び一審原告乙山に対し、前記の「本件契約書」を示し、賃貸借で人を入れると借家法の適用により暴力団関係者等不良分子が入つても排除できないが、自分は従前から他の店舗では「本件契約書」により入店者との契約を行い、自分が店舗権利者となり、入店者を業務担当者として雇用して営業させ円滑にいつているので、本件家屋部分においても同様にする旨説明し、永井はこれを了承した(右は、本件賃貸借契約における本件家屋部分の使用方法についての合意に当たるものと解される)。「本件契約書」は、宅建業者の従業員として相当の経験を有する一審原告乙山においても、初めて見るものであつた。

永井は、前記乙第一七〇号証において、本件賃貸借契約締結の際、甲野から「本件契約書」を示され、右のような説明を受けたことはない旨供述している。しかし、後記認定のとおり、後に甲野が永井宅へ「本件契約書」を添付した「追加契約書」を持参した際、永井は不在で「本件契約書」についての説明を受けなかつたのであるから、もし、本件賃貸借契約締結の際にも説明を受けなかつたとすると、永井は「本件契約書」について全く説明を受けなかつたことになるが、後記認定のとおり「本件契約書」が一般人には理解し難い内容のものであること、その他、前後の事情等に照らし、永井の右供述は信用することができない。

また、一審原告乙山は、前記乙第九九、第一〇〇号証において、本件賃貸借契約締結の際、永井が転貸でもかまわない旨述べたので、前記建物賃貸借契約証書中の無断転貸禁止の条項を消除し、転貸を可とする条項を付加しようとしたところ、甲野はこれを断り、「本件契約書」を示し、これにより入店者との契約を行う旨、前記のとおりの説明をしたものである旨供述するが、前記のとおり、本件賃貸借契約締結の際、永井が転貸でもかまわない旨述べたとは認められないことに照らし、右供述は信用することができない。

(四) 「本件契約書」は冒頭に「店舗権利者甲」と「業務担当者乙」との間の契約であることを標榜しており、賃貸人、賃借人の語句は用いられておらず、第一条でも、乙に「業務一切を担当し」、「営業収益」を揚げることは認めているが、賃貸借契約において賃借人が有するような「使用権能」があるとまでは窺えず(言うまでもないことであるが、雇用契約における被用者は店舗に対する独自の使用権能を有しない)、乙が甲に支払うのも「営業収益金」とされ、賃料の語句は用いられておらず、同条及び第三条では、甲が乙に「給料」を支払うものとされ、しかも、末尾の特記事項の冒頭には「右契約は賃貸借契約にあらず借家法に一切適法でない事乙は承任する。」と、本件契約は賃貸借契約ではなく、借家法の(賃借人保護に関する規定の)適用がないことを乙は承認するとの趣旨とおぼしき事項が記載されていることからすると、一見したところでは、賃貸借契約を定めたものではなく、雇用契約を定めたもののごとくである。

しかし、その他の条項を子細に見ていくと、「本件契約書」の定める契約は、実質的には雇用契約であるとは到底言い難いものである。

即ち、雇用契約は、労務者(被用者)が使用者の指揮命令に従い労務を提供し、使用者がそれに対する報酬を支払うという義務をそれぞれ負うものであり、従つて、被用者が提供した労務による収益は、事業の主体である使用者に帰属すべきものであるところ、「本件契約書」の第一条によれば、乙は甲に支払うべき「一定の営業収益金」以外の営業収益金を全て取得し得るものとされ、第五条によれば、事業の経費である電気、ガス等の公共料金や共益費も乙の負担とされ、第八条によれば、店舗の造作改造は双方合議のうえ乙において費用自己負担によりこれをなすことができ、業務に関する設備その他の費用も乙の負担とされているのであるから、「本件契約書」における事業主体は甲ではなく、むしろ乙であるというべきであつて、乙は甲の指揮命令に従つて労務を提供するものであるとは到底言い難い。そのように乙は事業主体であり、「業務担当者」の交代は、事業主体の交代、営業の譲渡にほかならないから、第一四条は、その場合、新事業主体となるべき営業の譲受人につき甲の承認を要し、かつ、乙が甲に承認料を支払うべき旨を定めているものと解されるのであつて、「業務担当者」が単なる労務の提供者であれば、このような規定は存しない筈である。また、第三条に定める「給料」も、右「一定の営業収益金」から観念的に控除されるものに過ぎず(「一定の営業収益金」から「給料」を減じた額が、乙の甲に支払うべき月額となる)、甲は乙に対して実際には何らの報酬も支払わないものである。

(五) 右のとおり、「本件契約書」による契約は、甲が乙を被用者としてではなく、事業主体として入店させ、乙は自己の計算において営業をし、その営業収益のうちから一定月額の金員を甲に支払うものであるから、明記されていなくても、実質的には乙に「使用権能」を認めたものというべく、その実質は賃貸借にほかならないものと言わねばならない。

しかし、右のような点は、法律ないしこの種の契約関係に疎い一般人にとつては、必ずしも容易に理解し得ることがらとはいえないであろう。従つて、右のように、一見「形式的には雇用契約」を定めたかのごとくであるが、「実質的には賃貸借契約」を定めたものである「本件契約書」は、一般人に対しては、その時々の都合により、「形式的雇用契約」の面を強調して雇用契約であると説明することもできれば、「実質的賃貸借契約」の面を強調して賃貸借契約であると説明することもできる、むしろ、そのために考案された(借家法の強行規定の排除を目的とする脱法行為の疑いが濃厚である)甚だいかがわしい契約書であるというべきである。

(六) そして、甲野は、本件賃貸借契約時に「本件契約書」を示した際、永井に対し右の「形式的雇用契約」の面を強調して、これは雇用契約である旨説明したものである(前認定のとおり、甲野は人を雇つて営業する旨言つていたのであり、永井は賃借権の譲渡、転貸を許すとは言つていなかつたのであるから、「実質的賃貸借契約」の面を強調して賃貸借契約であると説明することはできなかつた筈であり、現に、本件賃貸借契約時に甲野が「本件契約書」は「実質的賃貸借契約」を定めたものである旨説明したとの事実に添う証拠は全く存しない)。

そうすると、本件賃貸借契約時に「本件契約書」が示されたからといつて、それにより、甲野、永井間に賃借権の譲渡、転貸を許す旨の合意が、黙示的にもせよ、成立したと認めることは到底できないものといわねばならない。甲野は、当初より人を雇つて営業する旨言つていたのであり、「本件契約書」は雇用契約を定めたものである旨説明したのであるから、永井がこれを了承したとしても、それは、右説明どおり、賃借人である甲野の店舗の使用方法としては、雇用契約による被用者が営業に従事することを了承したものに過ぎないとみるのが相当であつて、一審原告乙山でさえ初めて見るような「本件契約書」を一読しただけの永井が、これは「実質的賃貸借契約」を定めたものであると理解し、かつ、それに承認を与えたものと認めることは到底できないからである(永井は従前から貸家をしてはいるけれども、特に法律に詳しいとの事実は本件全証拠によつても認め難い)。

3  追加契約書作成時における甲野らと永井との間の合意内容

(一) 甲野は、「本件契約書」を用いて入店者と契約を結ぶにつき、さらに永井の書面による承諾を得ておこうと考え、本件賃貸借契約締結から三か月余を経過した昭和五八年六月六日、前記の「追加契約書(甲第二号証。「本件契約書」を添付したもの)」を作成し、一審原告乙山とともに永井宅へ赴いたが、永井は不在であつたので、同人の妻に説明をし、「追加契約書」に永井の署名の代書、押印を求めたところ、同人の妻はこれに応じ永井の署名を代書し押印をした(一審原告乙山は、前記乙第四六号証、第九六号証、第一〇四号証において、永井は在宅しており、同人に説明をし、同人の署名、押印を得たものである旨供述するが、「追加契約書」の永井の署名の筆跡は、乙第四五、第一三七、第一六九ないし第一七〇各号証末尾の永井の署名の筆跡とは一見して明らかに異なることに照らし、信用することができない)。

永井は帰宅して妻の説明を聞き「追加契約書」を読んだが、添付の「本件契約書」は、本件賃貸借契約時に前記説明を受けたものであり、「追加契約書」については、雇用契約による被用者である「店長」ないし「いわゆる雇われママ」が営業に従事し、または交代するにつき、挨拶代わりに承認料を支払うとの趣旨のものと理解し、別段問題はないと考えたため、一審原告乙山を通じ、あるいは直接、甲野に対し、内容につき問い合わせするなどの措置は何ら執らなかつた。

(二) 「追加契約書」は、本件賃貸借契約の特約条項の追加として、借主乙(甲野)は改造済みの四店舗に各業務担当者を雇用し、「本件契約書」の記載内容にて飲食店営業を行うことを貸主甲(永井)は承認する。乙は甲に対しその承認料として、一店舗につき二万円を、また業務担当者が変更する都度二万円を、それぞれ支払うとの約定が記載されており、末尾に「本件契約書」が添付されている。

しかし、前認定のとおり、本件賃貸借契約締結の際、永井は賃借権の譲渡、転貸を許すとは言つておらず、甲野は人を雇つて店舗営業をする旨述べており、かつ、「本件契約書」についても「形式的雇用契約」の面を強調して雇用契約である旨説明し、その結果、永井との間に、賃借人である甲野の店舗の使用方法として、雇用契約による被用者である業務担当者をして営業に従事させる旨の合意が成立していたものである。

そうすると、右「追加契約書」はその字句のとおり、これを書面で再確認するとともに、雇用契約による被用者である業務担当者は、賃借人と異なり店舗につき独自の使用権能を有する者ではないが、賃借人である甲野の履行補助者として事実上店舗を使用するから、その新規入店ごとに賃貸人である永井に対してその承認の対価として二万円を支払う旨を定めたものに過ぎず、本件賃貸借契約締結の際の右合意に何ら実質的な変更を加えるものではなく、ましてや、これによつて永井が本件家屋部分についての賃借権の譲渡、転貸を承認したものと認めることは到底できないものというべきである(後記認定のとおり、甲野が本件各店舗を転貸した契約における賃借権の譲渡、転貸の承認料は、一店舗につき五〇ないし六〇万円であつたことに照らし、右二万円の承認料はその三ないし四パーセントに過ぎないから、これをもつて実質的な賃借権の譲渡、転貸の承認料とみなすことは到底できず、従つて、右二万円の対価の支払によつて実質的に賃借権の譲渡、転貸が承認されたものと認めることは到底できないものといわねばならない)。

二  甲野らと店舗入店者との間の契約締結及びこれに対する一審原告乙山の関与の各態様

次に、前記詐欺容疑における本件店舗の賃借を申し入れてきた上出らに対する甲野及び一審原告乙山の欺罔行為について判断するに、前記証拠のほか、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  甲野らと上出らとの間の契約締結に至る経緯

(一) 甲野は、本件賃貸借契約締結後一か月余を経過した昭和五八年四月上旬から本件家屋部分を飲食営業の店舗に区画(当初は四区画、後に五区画)する内部改装工事にかかり、右工事は同年五月上旬に完了したので、そのころ、一審原告乙山に対し、右四店舗につき、それぞれ保証金、家賃相当額、共益費、名義変更料の額を示し、暗に転貸借の媒介の委任を申し入れた。

一審原告乙山は、前認定のとおり、甲野が右店舗の入店者については「本件契約書」に基づきに雇用契約による旨永井に説明していたことから、後々問題が起きることを考え、妻ともども具合悪い旨言つたが、甲野は「あんたらごちやごちや言うな、わしが説明するから、わしの言うとおりにしたらいいのや、わしにまかせておけ」と強引に言うので、右転貸借の媒介の委任を受けることとした。

(二) 甲野と一審原告乙山は、そのころ、一審原告会社名義で右四店舗につき「貸店舗」として賃借人募集の新聞広告をしたほか、本件家屋付近にも「貸店舗」の看板一枚を設置し、永井に対しては、「業務担当者募集」では一般に分かり難いので「貸店舗」との新聞広告、看板を出したい旨申し入れ、そのころ、同人の了解を得た。

2  甲野と上出らとの間の契約締結状況

(一) 昭和五八年五月中旬ころ、右新聞広告を見た上出安子が、一審原告会社に右店舗の賃借を申し入れてきたので、一審原告乙山は、右店舗を案内して、通常の賃貸借と同様に権利金、敷金、家賃の額を提示し、店舗の権利譲渡はできる旨説明した。次いで、同月二三日ころ、上出及びその父上出一正が、道路側から二番目のB店舗につき賃貸借契約を締結するべく、一審原告会社を訪れたので、甲野が、石田名を詐称し、家主のように振る舞い、家主の永井が賃借権の譲渡、転貸を許していないことを秘し、「本件契約書」を示して賃貸借契約内容の説明をし、通常の賃貸借契約書とは異なる「本件契約書」の文言に雇用契約かとの疑問を抱いた上出らの質問に対し、一審原告乙山ともども、「当方の都合でこのような書類にしているが、これは形式的な書類で、実際は賃貸借契約であり、権利譲渡も自由にできますので心配いりません」と、「本件契約書」につき前記「実質的賃貸借」の面を強調して賃貸借契約である旨説明し、これを了承した上出との間に、「本件契約書」を用い、石田を貸主として、B店舗につき、権利金九〇万円、敷金六〇万円、家賃月額六万円、名義変更料五〇万円とする賃貸借(転貸借)契約を締結し、甲野において、上出から権利金、敷金の内金名下に、同日、現金七五万円、同年七月九日、現金七五万円の各支払を受けた(なお、一審原告乙山は、右転貸借の媒介の報酬として、同日、甲野から六万円、上出から六万円の各支払を受けた)。

なお、《証拠略》によれば、右契約成立当日に作成された右七五万円についての仮領収証の末尾に、上出名義の「乙(借主上出)は賃貸借でない事を認諾」との記載がなされ、これに続けて上出の署名(上出一正の代書)、押印がなされていることが認められるが、右証言によれば、これは、上出が、B店舗の内装工事等開業準備資金の融資を受ける場合の資料としては、「本件契約書」のように賃貸借を示す文言のないものでは具合が悪いので、領収証は賃貸借を示す文言のものにして欲しい旨申し出たのに対し、甲野が、これに応じて賃貸借を示す文言の仮領収証を発行するとともに、右仮領収証を複写したものの末尾に右の記載をしたものに署名、押印を求めたので、上出一正において、これに署名代行と押印をしたものであることが認められるのであつて、右事実は、甲野及び一審原告乙山が、上出らに対し、「本件契約書」につき前記のとおり賃貸借契約である旨説明したとの前記認定を何ら覆すに足るものではない。

(二) 昭和五八年五月一九日ころ、右新聞広告を見た西口喬介が一審原告会社を訪れたので、一審原告乙山は、右店舗を案内し、通常の賃貸借と同様に権利金、敷金、家賃の額を提示し、店舗の権利譲渡はできる旨説明した。

西口は、その後、一番道路側のA店舗が道路側のA店舗とその奥のE店舗に区切られA店舗が手頃の広さになつたことから、A店舗を賃借するべく、同年六月二四日、一審原告会社に手付金として一〇〇万円を交付したうえ、A店舗につき賃貸借契約を締結するべく、同年七月九日、妻西口幸子とともに一審原告会社を訪れたところ、甲野が、石田名を詐称し、家主の永井が賃借権の譲渡、転貸を許していないことを秘し、「本件契約書」を示して賃貸借契約内容の説明をし、通常の賃貸借契約書とは異なる「本件契約書」の文言に疑問を抱いた西口らの質問に対し、一審原告乙山ともども、「いろいろ書いてあるが、家賃八万円と共益費一五〇〇円払つたら、そこに書いてあることは関係ない。形式的なものや」と、「本件契約書」につき前記「実質的賃貸借」の面を強調して賃貸借契約である旨説明し、これを了承した西口との間に、「本件契約書」を用い、石田を貸主としてA店舗につき、権利金一五〇万円、敷金一〇〇万円、家賃月額八万円、名義変更料六〇万円とする賃貸借(転貸借)契約を締結し、甲野において、同日、西口から権利金、敷金計二五〇万円のうち前記手付金一〇〇万円を充当した残金名下に、現金一五〇万円の支払を受けた。なお、権利金、敷金に充当された前記手付金一〇〇万円も、甲野がそのころ一審原告会社から交付を受けた(なお、一審原告乙山は、右転貸借の媒介の報酬として、同日、甲野から八万円、西口から八万円の各支払を受けた)。

(三) 甲野は、昭和五八年六月二四日、訴外朝日不動産商事株式会社の従業員丁原松夫の仲介により本件店舗の賃借を申し入れてきた東本滝子に対し、右訴外会社において、家主の永井が賃借権の譲渡、転貸を許していないことを秘し、前記E店舗につき、「本件契約書」を示して賃貸借契約内容の説明をし、通常の賃貸借契約書とは異なる「本件契約書」の文言に疑問を抱いた東本の質問に対し、右丁原ともども、「税金対策や権利譲渡の際に暴力団等に譲渡されると各店舗全体に害を及ぼすので、このような形式にしているだけです」、「最近、店舗等の賃貸借契約においてこのような雇用契約形式をとるケースが多くなつているが、契約上特に問題はない」などと、「本件契約書」につき、「雇用契約」は形式だけのことであつて実質は賃貸借契約である旨説明し、これを了承した東本との間に、「本件契約書」を用い、石田を貸主としてE店舗につき、権利金一〇二万円、敷金六八万円、家賃月額六万二〇〇〇円、名義変更料五〇万円とする賃貸借(転貸借)契約を締結し、甲野において、東本から権利金、敷金の内金名下に、同日、現金五〇万円、同年八月一七日、現金一二〇万円の各支払を受けた(なお、一審原告乙山は、右転貸借の媒介の報酬として、甲野から六万二〇〇〇円の支払を受けた)。

(四) なお、上出、西口、東本は、右各賃貸借(転貸借)契約後、それぞれ費用を負担して賃借店舗の内装工事等をして入店し、各自、自己の名義で食品衛生法に基づく保健所の営業許可を受け、本件紛争に至るまで、何ら甲野らから指揮、命令を受けることなく、同人から家賃、共益費の集金の依頼を受けた一審原告乙山に前記各家賃等を支払い、営業主として各賃借店舗で飲食店営業をし、自己の名義で料理飲食税を納付していた。

また、甲野及び一審原告乙山は、その後、秦君江、小川和子に対し、「本件契約書」を示して右同様の説明をなし、同人らとの間に石田を貸主とする本件家屋部分のC、D各店舗の各賃貸借(転貸借)契約を締結し、甲野において同人らから権利金、敷金名下に現金の交付を受け、一審原告乙山は同人ら及び甲野から右媒介の報酬の支払を受けた。

三  甲野及び一審原告乙山の詐欺容疑の成否

1  右一、二に認定の諸事実によれば、甲野は、本件賃貸借契約により本件家屋部分を貸借するに際し、貸主永井から賃借権の譲渡、転貸の許可を得てはおらず、本件家屋部分を区画した各店舗の使用方法につき、永井に対しては、「本件契約書」を示し、その「形式的雇用契約」の面を強調して「本件契約書」は雇用契約を定めたものである旨及びこれを用い業務担当者を雇用して飲食営業をする旨説明し、同人の了解を得ておきながら、他方で、「貸店舗」の広告等により各店舗の賃借を申し入れてきた上出、西口、東本に対しては、貸主永井から賃借権の譲渡、転貸の許可を得ていないことを秘し、「本件契約書」を示し、その「実質的賃貸借契約」の面を強調して「本件契約書」は通常の賃貸借契約を定めたものである旨説明するとともに、自由に権利譲渡(賃借権の譲渡)ができる旨虚偽の事実を告げて、事情を知らない右三名をその旨誤信させ、「本件契約書」を用い前記各店舗の賃貸借(実際は転貸借)契約を締結させ、右各賃貸借(転貸借)契約に基づく権利金及び敷金名下に前記各金員の交付を受けたものであつて、右三名が右事情を知つておれば、右各賃貸借(転貸借)契約を締結して右各金員の交付をしたりはしなかつたであろうことは、右事実関係から明白である。

何となれば、右のような飲食店営業用店舗の賃貸借において、多額の内装工事費、什器備品代を負担して入店する右上出ら賃借人(転借人)にとつては、将来右営業を譲渡することにより右投下資本を回収することができるか否かが最大の関心事であることは経験上自明のことというべきであるから、各自が右各店舗を出店するに当たつては、それぞれ単に自己の出店につき家屋の所有者の承諾があるというだけではなく、各店舗の借用形態が、実質的に家屋の転貸借であり、かつ、その転借権を譲渡することができることが保証されていることが、それぞれの転貸借契約を結ぶうえでの重要な要素となつていたものと考えられる。従つて、右上出らにおいて、家屋所有者である永井において認めているのが、家屋の転借権ではなく、単に甲野の使用人としての立場での出店に過ぎないものであることが始めから分かつていれば、そのような形態のものでは、将来これを第三者に譲渡しようとしても、その譲受人がたやすく現れないことを危惧するがゆえに、右各賃貸借(転貸借)契約の締結を思い止まつたであろうことは、容易に推認し得るところだからである。

そうすると、甲野の右各行為は、右上出ら三名に対し、敢えて虚偽の事実を告げて右各金員の交付を受けたものというべく、刑事上も詐欺罪の嫌疑が極めて濃厚なものであつたと認めるのが相当である。

2  また、右認定の諸事実によれば、一審原告乙山は、甲野が本件各店舗の賃借を申し入れてくる者に対し右の欺罔行為に及ぶことを知りながら、上出及び西口に対する右各欺罔行為に加担し、甲野ともども、「本件契約書」は通常の賃貸借契約を定めたものである旨説明するとともに、権利譲渡(賃借権の譲渡)もできる旨虚偽の事実を告げて、事情を知らない右二名をその旨誤信させ、「本件契約書」を用いて前記各店舗の賃貸借(実際は転貸借)契約を締結させたものであるから(東本に対する関係では、事前に共謀の事実もなく、欺罔行為にも加わつていないので、これを除くとしても)、甲野の上出、西口に対する詐欺容疑については、その共同正犯に当たるとの嫌疑が極めて濃厚なものであつたと認めるのが相当である。

第二  甲野及び一審原告らの宅建業法違反容疑の成否

一  次に、甲野及び一審原告らの宅建業法違反容疑の成否について判断するに、右宅建業法違反行為というのは、要するに、宅建業法四七条は「宅建業者は、その業務に関して、相手方等に対し、重要な事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為をしてはならない」旨を、同法八〇条は「右四七条違反の行為をした者は、一年以下の懲役もしくは三〇万円以下の罰金に処し、またこれを併科する」旨を、同法八四条は「法人の使用人その他の従業員が、その法人の業務に関し、八〇条の違反行為をしたときは、その行為者を罰するほか、その法人に対しても八〇条の罰金刑を科する」旨を、それぞれ定めているところ、一審原告乙山は、宅建業者である一審原告会社の従業員であるが、前記上出らに本件店舗の賃貸借の媒介をするに際し、同人らに対し、重要事項につき故意に事実を告げず、不実のことを告げ、甲野は一審原告乙山の右行為に加担したというものである。

二  そして、一審原告会社が宅建業者の免許を受けており、一審原告乙山がその従業員であること及び一審原告乙山が一審原告会社の従業員として甲野らと上出らとの間の本件賃貸借(転貸借)契約を媒介したことは、前認定のとおりであるところ、前記のとおり、本件のような飲食店営業用店舗の賃貸借において、多額の内装工事費、什器備品代を負担して入店する上出ら賃借人(転借人)にとつては、将来右営業を譲渡することにより右投下資本を回収することができるか否かが最大の関心事であることは経験上自明のことというべきであるから、その前提となる自己の賃借権(転借権)の譲渡、転貸を賃貸人である永井が認めているか否かは、甲野らと上出らとの間の本件賃貸借(転貸借)契約においては、宅建業法四七条にいう「重要な事項」に当たるものと解するのが相当というべきである。

三  そうすると、一審原告乙山が、甲野らと上出及び西口との間の本件賃貸借(転貸借)契約を媒介した際に、上出及び西口に対し、賃貸人である永井が賃借権(転借権)の譲渡、転貸を認めていないことを秘し、これに加担した甲野ともども、権利譲渡はできる旨、賃借権の譲渡、転貸は認められているとの事実を告げたことは前認定のとおりであるから、一審原告乙山の右行為は、宅建業法四七条にいう「重要な事項について、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げ」たものに該当し、同法八〇条の罰条に触れるものというべく、甲野についても、刑法六五条一項により、同条違反の罪が成立するものと解すべきである(甲野については、さらに前認定のとおり、宅建業者である訴外朝日不動産商事株式会社の従業員である丁原松夫が、東本に本件賃貸借(転貸借)契約を媒介するにつき右同様に同条違反罪を犯した際にも、これに加担したものである)。

一審原告らは、一審原告乙山は、甲野が永井に対し「本件契約書」につき雇用契約を定めたものである旨説明したので、これを信じており、上出らについても賃貸借契約の媒介という認識が全くなかつたものである旨主張し、一審原告乙山の本人尋問(原審第一回・当審)の結果中には、これに添うかのごとき供述部分があるが、前認定の諸事実に照らし、全然信用することができない。

第三  仮処分異議訴訟事件の判決等について

本件については、前記仮処分異議訴訟事件の判決(以下「仮処分判決」という)、その本案である本件店舗明渡請求訴訟事件の判決(以下「本案判決」という)、右宅建業法違反被告事件の判決、右詐欺被疑事件の不起訴処分と、当裁判所の前記判断と抵触するかに見える判決及び処分がなされているので、それらにつき、判断を加えておくこととする。

一  仮処分判決及び本案判決について

1  《証拠略》によれば、仮処分判決は、永井が、石田、甲野、西口、東本、秦、小川に対し、本件A、C、D、E各店舗の右西口らへの無断転貸を理由とする石田、甲野との間の本件賃貸借契約解除に基づく同人らに対する本件家屋部分の明渡請求権及び右西口らに対する右各店舗の明渡請求権を被保全権利として、京都地方裁判所に対し申し立てた各仮処分請求事件(同裁判所昭和五九年ヨ第一〇二一号、第一〇五二号)につき同裁判所がなした、被申請人らの本件家屋部分についての各占有を解き、執行官の保管を命じ(但し、被申請人らの使用を許す)、被申請人らに占有の移転、占有名義の変更を禁止する各仮処分決定に対し、石田、甲野、秦、小川がなした異議の申立て(改正前の民事訴訟法七五六条によつて準用される同法七四四条)に基づく仮処分異議訴訟(同裁判所同年(モ)第一九六七号、同一九八二号、同二二五三号)の終局判決であることが認められる。

《証拠略》によれば、右判決は、疎明により、西口らは「本件契約書」によつて甲野らとの間に成立した契約に基づき、本件店舗内で営業を始めたものであり、他方、永井は「本件契約書」を添付した「追加契約書」記載の内容に合意するか、少なくともこれを追認したものであるとの事実を一応認定した後、「以上の事実によれば、申請人(永井)は西口らが被申請人両名(甲野ら)との間の契約に基づき本件店舗内で営業をなすことにつき書面による承認を与えていることが明らかであり、被申請人両名と西口らとの間の契約の法的性質を論ずるまでもなく右契約は本件賃貸借契約の解除事由とはなり得ない」と判示して、右各仮処分決定を取消し、その各申請を却下したものであることが明らかである。

2  《証拠略》によれば、本案判決は、永井が、右仮処分事件の本案訴訟として、京都簡易裁判所に対し、甲野、石田、西口、東本、秦、小川を被告とし、右仮処分事件と同様、本件A、C、D、E各店舗の右西口らへの無断転貸を理由とする石田、甲野との間の本件賃貸借契約解除に基づき、同人らに対し本件家屋部分の、右西口らに対し右各店舗の各明渡を求めて提起した同裁判所昭和五九年(ハ)第二六八七号建物明渡請求事件につき、同裁判所が昭和六一年六月一三日になしたものであることが認められる。

《証拠略》によれば、右判決は、永井と甲野らとの間の本件家屋部分についての賃貸借契約締結の際、永井が賃借権の譲渡、転貸を承諾したとの事実は全証拠によるも認められないとし、甲野らと西口らとの間の「本件契約書」による入店契約は、「雇用契約とはみられず賃貸借類似の契約と解される」としつつ、「他方右入店契約によつた「契約証書(「本件契約書」)」の約定自体を綜合すると業務担当者の地位は被用者というよりは独立性の高い賃貸借類似の地位におかれていたものとみられ、これを雇用契約とみている被告甲野らから同内容以外の説明を受けなかつたとはいえ原告(永井)はこれに基づく入店契約に承諾を与えており、要するに被告西口ら入店者の法的地位は右「契約証書」内容と異なつた賃貸借契約上の賃借人とみることはできない」と判示し、永井の本件賃貸借契約解除の意思表示はその効果を生じないとして、永井の請求を棄却したものであることが明らかである。

3  そうだとすれば、右両判決はいずれも、当該訴訟において当面問われている西口らに出店させることについては、その法律関係はともかくとして、永井の承諾があつたと見られるが故に、永井が同人らの出店の事実を捉えて本件賃貸借契約を解除し、明渡しを求めることはできないと判断したものに過ぎず、永井が同人らの使用形態が家屋の転貸借であることを認識したうえでこれを承諾していたものとの認定にまで進んでいるものではないのであるから、当裁判所が先の説示において問題としたところとは必ずしも抵触するものではない。

そして、前示のとおり、甲野及び一審原告乙山の行為が詐欺罪に問擬され得るかどうかは、西口ら自身の単なる出店について永井が承諾していたかどうかではなくて、西口らの転借権の譲渡、いうまでもなく、実質上の家屋の転借権としてのそれの譲渡につき、将来永井の承諾が得られるものであるかどうかについて、いかなる説明がなされたかの点が重要な鍵となるのであるから、もつぱら当面の出店についての永井の承諾の有無が争点であり、その点の判断を示すだけで解決をなし得た右両事件の判断結果をもつて、同人らが無実であることが既に明白であつたとする一審原告らの主張は、たやすく採用し難いものがある。

二  宅建業法違反被告事件の判決について

1  《証拠略》によれば、右判決は、一審原告らが、甲野と上出との間の本件店舗の賃貸借契約を媒介した際に、上出に対し同店舗の所有者及び不動産登記簿上の所有者が永井であることを知りながら、その事実を告げず、もつて、重要な事項について故意に事実を告げなかつたとの宅建業法違反事実につき、京都簡易裁判所に略式起訴されたところ、その正式裁判の請求に基づく同裁判所昭和六〇年(ろ)第二三七号宅建業法違反被告事件につき、同裁判所が昭和六二年六月一九日に言渡したものであることが認められる。

2  《証拠略》によれば、右判決は、公訴事実中、所有者不告知については、上出父子の証言よりは、被告人である一審原告乙山の供述の方がより合理的であり、合理的な疑いを払拭し得ていないとし、さらに、甲野と上出との間の本件店舗の右賃貸借契約は、実質は賃貸借類似の契約であつて典型契約である雇用契約とみることはできないから、一審原告乙山は、右賃貸借契約の媒介の際、上出に永井が所有者であることを告知すべきであつたが、仮にこれをしなかつたとしても、一審原告乙山は、右賃貸借契約を雇用契約であると誤信していたから、右媒介の際には賃貸借の媒介についての認識を欠いており、故意を阻却されるとして、被告人である一審原告らに無罪の言渡しをしたものであることが認められる。

3  右判決の右判示中、所有者不告知の事実についての認定及び一審原告の右媒介の際に賃貸借の媒介についての認識を欠いていたとの事実認定には、前認定の各事実に照らし、種々疑問の存するところであるが、その点はおくとして、右被告事件の公訴事実は、上出に対する所有者不告知のみであり、前認定の賃借権の譲渡、転貸禁止の不告知等は公訴事実とされておらず、従つて、右判決は、当然その点については判断していないから、当裁判所の前記認定、判断等と右判決との間には何ら判断の抵触は生じていない。

三  詐欺被疑事件の不起訴処分について

1  《証拠略》によれば、昭和六〇年六月二八日、一審被告京都府の西陣警察署から一審原告乙山の本件詐欺被疑事件の送致を受けた京都地方検察庁は、これを不起訴処分にしたことを認めることができる。

2  《証拠略》によれば、右被疑事件の捜査を担当した同検察庁検察官は、前記宅建業法違反被告事件の証人として、右被疑事件捜査の取調べの際、一審原告乙山は永井が転貸を認めていた旨主張し、その理由として、本件家屋部分に貸店の看板を出し、そのことを永井に伝えてある旨述べたので、検察事務官と本件家屋部分を見に行き、「看板が出ておれば永井がどんな生活をしていても判つていたということを確認し」た旨、一審原告乙山の詐欺容疑については「灰色」との心証しか得られなかつた旨を供述したことが認められることからすると、右看板の点が右不起訴処分に至る判断の過程で重要な意味をもつたことが窺える。

3  しかし、右看板の設置に際しては、甲野及び一審原告乙山が永井に対し、「業務担当者募集」では一般に分かり難いので、「貸店舗」との看板を出したい旨を申し入れて、永井の了解を得たものであることは前認定のとおりであるから、「貸店舗」の看板を見た筈の永井から何も言つてこなかつたからといつて、永井が転貸を認めていたということはできないのであつて、もし、右看板の点が重視された結果、一審原告乙山の不起訴処分が決まつたのであれば、右処分の当否は甚だ疑問と言わねばならない。

第四  一審被告京都府警察の本件捜査等及び一審被告新聞社の本社記載掲載の違法性について

一  一審被告京都府警察の本件捜査等の違法性について

1  一審原告らが、京都府警察の警察官の行為の違法性として問題にしているのは、(1) 参考人に対する取調べの違法性、(2) 一審原告乙山に対する取調べの違法性、(3) 新聞社に対して本件捜査の事実を知らせた違法性、の三点であり、一審原告乙山及び甲野が、別紙一記載の詐欺及び宅建業法違反の被疑事実を要旨とする逮捕状に基づき、昭和六〇年六月二六日、一審被告京都府警察所属の警察官に逮捕され、同月二八日に勾留され、勾留延長により同年七月一七日まで、計二二日間身柄を拘束されたことは、一審原告らと一審被告京都府との間に争いがなく、一審原告ら主張のとおりの報道機関に対する発表が行われたことも、一審被告京都府において明らかに争わない。

2  しかし、右詐欺及び宅建業法違反の容疑が成立すること、しかしてその容疑は、前記仮処分判決の存在によつて必ずしも払拭され得るものではないことは前認定のとおりである。そうであれば、本件契約書及び追加契約書を押収し、仮処分判決に接していたからといつて、右警察官が本件容疑が無実であるとの認識を直ちに持ち得たものということはできず、従つて、同容疑のもとに、永井、西口、東本、上出らの各供述調書を作成したことが、一審原告ら主張のような違法性を持つものでないことは明らかである。そうすると、前記(1)の点での違法性をいう一審原告らの主張は理由がない。

3  また、本件容疑事実は、複雑かつ特異なものであつて、犯罪の成否いずれにせよ、その主要な証拠は関係者の供述のみと言つても過言ではなく、その通諜による証拠湮滅のおそれが一般的に認められる事案であつたから、特段の事情がない限り、右逮捕、勾留に及んだことに違法性はなく、《証拠略》によれば、取調べの経緯及びその状況は、概ね一審被告京都府の主張するようなもの〔原判決事実第二、三2(同一七枚目表三行目から同二〇枚目表一行目まで)〕であつて、その間に一審原告ら主張のような強い態度での取調べが行われことも否定できないけれども、それが一審原告ら主張のように無実が明白であるのに、敢えて予断によつて行われたというなら格別、前記のとおり、その時点で、警察の捜査として本件容疑を維持したことに格段不当なものを見出し得ない本件にあつては、未だ、それが違法性を有する自白の強要に当たると認められるまでの心証は引き得ない。一審原告らの前記(2)の主張も理由がない。

4  さらに、新聞発表の点についてであるが、本件被疑事実は、極めて特異なものであり、本件のような出店をしようとする一般市民にとつても、このような被害に会わないための注意を喚起する意味から、公表に適する事案であるところ、右容疑の存在したこと及び捜査機関として、これに深い疑念を抱いて公表を差し控えるべき状況にあつたと認められないことは、以上の説示に照らし明らかであるから、この時点で新聞発表に及んだことにも違法性はないし、本件被疑事実が右のとおり特異なものであり、本件事案は強制捜査を必要とするものであり、軽微な事件とは言えないものであつたことを考慮すれば、本件新聞発表において一審原告乙山の実名を挙げて公表したことについても、直ちに公益性を欠き違法性を阻却しないものとは言い難い。そして、前記各民事裁判の結果が、当然に一審原告乙山の無実を証明したものではなく、また、本件不起訴処分及び宅建業法違反の無罪判決にもそれぞれ首肯し難いところのあることは前示のとおりであるから、本件新聞発表によつて、一審原告らに何らかの損害が生じたものとしても、本件新聞発表が遡つて違法となるものでもない。一審原告らの前記(3)の主張も理由がない。

二  一審被告京都新聞社の本件記事掲載の違法性について

1  一審被告新聞社が、昭和六〇年六月二八日、日刊京都新聞に別紙二記載の本件被疑事件に関する記事を掲載したことは、一審原告らと一審被告新聞社との間に争いがない。

しかし、本件被疑事件の容疑が成立することは前認定のとおりであるから、これを新聞記事として掲載することは、特段の事由がない限り、公益を図るものとして違法性を欠くものと解されるところ、本件被疑事実が極めて特異なものであり、かつ、本件事案が強制捜査を必要とするものであつて、決して軽微事件とは言えないものであつたことを考慮すると、本件記事において、一審原告乙山の実名を挙げて公表したことも、直ちに公益性を欠き違法性を阻却しないものと解するのは相当でなく、その他、本件全証拠によつても、右特段の事由はこれを認めることができない。また、本件記事の見出しないし組み方や本文の文言は、かなりセンセーショナルであつて、興味半分の嫌いもなしとしないが、前示本件事案の公表の目的に照らし、未だ許容性の範囲内にあるものと言うことができる。

2  そうすると、その余の事実について判断するまでもなく、本件記事掲載が違法であることを前提とする、一審原告らの一審被告新聞社に対する本訴請求は失当というべきである。

第五  結論

以上のとおり、一審原告らの一審被告らに対する本訴請求はいずれも失当であつて、棄却すべきものであるから、一審被告らの控訴に基づき、その一部を認容した原判決はこれを取消して一審原告らの請求を棄却し、一審原告らの控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮 久郎 裁判官 山崎 杲 裁判官 上田昭典)

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